徳川家康の脱糞(ウンチのお漏らし)

これは家康が「鹿」を見てオナラを我慢している絵…ではない。
西暦1572年(元亀三年)
武田信玄甲州軍団は、徳川家康の枕元を素通りして家康を挑発。
堪忍袋の緒が切れた家康は、城を飛び出し武田甲州軍を追走した。
武田甲州軍は三方ヶ原において急に180度方向を転換し…、
「魚鱗の陣(ぎょりんのじん)」を敷いて、
即座に戦闘態勢へ入った。
後方からも武田援軍が忍び寄る。
まんまと網に掛かった徳川軍は簡単には逃げられず、
合戦となるが…多勢に無勢で大敗する。
家康は命からがら、な〜んとか浜松城へ逃げ帰ったが…
この時、
家康は生涯忘れることの無い恐怖を感じ、思わず脱糞スル。
そう、
ウンチを漏らしてしまったのだ。
家康は、「あ〜助かったぁぁ〜」
…と、一安心したところで。
「し…しまった… も…もらしてしもた…
も!た〜いへ〜ん〜」
(…といったか?どうかは知らない!)
家康が凄いのは、この後だ。
家康は城に帰るや、浜の松子嬢を呼び……
(こんな時にキャバクラ遊びは無いやろ)
…もとい。
浜松城で、即刻「絵師」を呼び、
自分の悔しい惨めな姿を絵に描かせたのだ。
その時の絵が上記の「しかみ像」
脱糞して“しかめっ面”の家康画。
家康は
この絵を生涯手元に置き、悔しさを忘れることがなかったという。
これが天下を獲った軌跡とも言えるだろう。
流石だ。
私も若い頃。
自動車によるスピード違反や、
駐車違反で切符を良く切られた。
その度に、
その切符をハンドルの中心(ホーン)へ
張り付けていたものだ…。
今では、過去に失敗した営業成績を手帳に張り付けているのだが…。
ア…アカン…
また…営業スタッフとの会話に恐怖を感じて、
ウンチが漏れる…。
天野翔のうた日記
/2008-07-22 家康のしかみ像

2008.12.01 (Mon) 23:05













