痛かった思い出と中学生時のほろ苦い恋
それは〜私が中学2年生の時…
クラブ活動で柔道の練習中、ある日私は
変な倒れ方をしてしまい、左腕を骨折してしまった。
小学生時分から合わせて、都合3度目だった。
当時、私は毎年のように左腕ばかりを骨折し、
常に三角巾で左腕を吊っていたものだ。
そしてこの3度目の骨折は何と、複雑骨折。
要するにボッキボキのグッチャグチャ…という状態だった。
常連の患者として通っていた“いつもの”接骨院のオヤジさんにも
「これは流石に、ウチではよう面倒みきれんわ…」
と突き放され。
性格もよく知り合えた程の、その接骨院のオヤジさんに
病院を紹介して貰い、そこへ行けと言われたのだ。
「もう来るな!ってゆーたやろ…
アッホやなぁ〜君は…。
よー喋って、いつも煩い君を受け入れてくれるような
好意的な病院を探すのは大変やったけど、
まぁ“えーわ”ゆーてくれるところがあったから、
そこでちゃんとお医者さんのゆーこと
聞くんやゾ!えーな!」
「あっ!そうそう!・・・退院したら、
またウチ(接骨院)に来るんやゾ!
他(の接骨院へ)行ったらアカンゾ!わかったか?」
と…半ば脅され、ご紹介いただいた病院へ行くと。
「本日から入院して下さい。」
こんなコメントを行き成り聞かされた私は。
「………。
な、なーんで、骨折ごときでにゅーいんなん!?」
と看護婦(当時そう呼んでいた)さんに聞いた。
看護師さんが仰るには、複雑骨折しているので骨に針金を通して吊るし、
常に経過を観察しなければならんのだということだった。
入院した次の日、手術だと言われ
当時の私は空いた口がふさがらなかったが…
私は接骨院のおヤッさんが言っていた言葉を思い出し、
「わかりました」…と素直に承諾した。
左腕全体を麻酔し、
針金を何本か通しているのが判ったときは気色悪かったが
痛みは当然ながら殆ど感じなかった…
しかし、局部麻酔だったはずがだんだんと眠くなり…。
気が付けばベッドの上だった。
左腕を見れば何本もの針金が串刺しにされており、
それを見ながら私は
「これは失敗したマジックショーか?」〜等と独りごとを言い、
独り勝手に「クケケケ」と笑っていた。
しばらくすると…
看護婦(当時の呼びかた)さんが2人部屋に入って来られ。
一人は、明らかにオバちゃん。
一人は、青いキャップを被った若い女性だった。
後で年齢を聞くとオバちゃん看護師さんが(当時)52歳。
若い方は(当時)19歳で、看護学生だという。
その19歳という看護学生の女性は
当時14歳だった私からすれば5歳も年上のお姉さんだが…
とてもチャーミングで、しっとりとした「私好み」の雰囲気だったのだ。
それで、この2人は何をしに来たのかというと…
寝たきりとなる私にバルーン式のカテーテルを
装着するのだという。
「はい、どーぞ。」…と何も解らず返事だけすると。
そのオバちゃん看護師さんは私のズボンをズルっと下げ、
パンツまで脱がそうとする。
実に事務的というか…完璧に作業だ。
「ちょ…ちょっと!な…何をしはりますんねんナ!」
何せ、可愛らしい19歳の女性が近くに立ち、
真剣な眼差しで見つめてる前で、
14歳の思春期を迎えた男の子の下半身をあらわにするとは…!
「アカン…恥ずかしすぎる…勘弁して!な!頼みますわ!」
こんな風にオバちゃん看護師さんへ懇願すると。
「何タマの小さいことゆーてんのアンタ!
これからこのカテーテル、ここのねーちゃんに挿入してもらうからね。
“アー”だ“ウー”だと騒いだら、みっともないで!」
「アッカン!それはアカン!・・・
勘忍して!お願いや!それだけはイヤヤ!
頼むわ〜ほんまに〜心臓が飛び出して死ぬわ〜!
死んだらどーする?病院側で保証してくれるんか?
生き返らせてくれるんか!?
ワイ、死亡した時の保障費たっかいで〜」
「………………うるさい!
(接骨院の)先生から頂いた紹介状のコメントに書いてあった通り
アーンタ、ほーんまにうるっさいねぇ〜!
さー!やりなさい!(若い看護師さんに指示)」
19歳(当時)の看護学生が…
(看護学生が医療行為をしていいのかどうかは当時、何も判らなかったが…)
いよいよ。
私のモノをツカみ…いや…“ツマんだ”という表現が正解。
カテーテルを捻じり入れる…。
私は意識が宇宙の果てまでぶっ飛びそーナ感覚を覚え、悶えた。
「ふももももぉ―――――――――っ…………」
声にならない異音を発する私に
若い19歳の看護学生さんは、思わず手を放し…
私に「す…すみません…。。。」と、謝れる。
19歳の若い看護学生さんは何度か失敗したみたいだが…
やり直しを含めて、約30分間における格闘は完了した。
その夕刻、その19歳の看護学生さんは自身の勤務終了後
私のベッドへ寄って頂き、様子を見に来てくれたのだ。
5つ年上のお姉さんと思えないぐらいに会話ははずみ、
けっこう意気投合した。
その看護学生さんが出勤される日は毎日、私のところへ寄って下さり
色んなお話を聞かせてくれた。
その時、私は何かを言いたい気持ちが
自分のココロの中に存在している事に気付いたが、
何を言い、何をどのように伝えれば適切なのかが解らず…
そのまま私は退院するハメとなった。
退院の日は、その彼女がお休みで荷物整理を手伝いに来て頂き
私はそういう彼女に感謝した。
その彼女は「何事にも負けずに頑張ろうね」とだけ言い残し、
それから、
その看護学生のお姉さんとは2度と会うことはなかった。
“リハビリ”目的で、3度目の通院となった
“いつもの”接骨院のオヤジさんへこのこと話すと…
「ワ―――――ッ!はっはっはっはっは―――――――っ!
腹いたいわ!オ・・・オヌシ、骨折して入院した病院で、
カテーテル入れられた5歳も年上のねーちゃんに恋したんか!
はかなき恋じゃの〜!
しかし、えー経験じゃ!
住所とか電話番号聞かんかったんか?
もうちょっと押さんかいな〜!」
などとカラカイやがる。
「押す!ゆーてもやなーおっさん!
ワイ、まだチューボー(中学生)やで〜!
14歳のガキが19歳の姉御口説くって、そらデケンやろ!」
「ワシは“おっさん”とちゃう!
これでも接骨院の先生じゃ!」
「ハイハイ」
「“ハイ”は1回でえーって、ゆっとろーが!バカモン!
“ハイハイ”って連続してゆうのは相手を侮辱しとることになるんや!
ボケ!はよ直さんカイ!」
「来るとこ間違えたかな〜」
小さな恋のうた
気ままな吟遊詩人KOJIの日々の記録です
はじめての骨折 〜出会い〜
クラブ活動で柔道の練習中、ある日私は
変な倒れ方をしてしまい、左腕を骨折してしまった。
小学生時分から合わせて、都合3度目だった。
当時、私は毎年のように左腕ばかりを骨折し、
常に三角巾で左腕を吊っていたものだ。
そしてこの3度目の骨折は何と、複雑骨折。
要するにボッキボキのグッチャグチャ…という状態だった。
常連の患者として通っていた“いつもの”接骨院のオヤジさんにも
「これは流石に、ウチではよう面倒みきれんわ…」
と突き放され。
性格もよく知り合えた程の、その接骨院のオヤジさんに
病院を紹介して貰い、そこへ行けと言われたのだ。
「もう来るな!ってゆーたやろ…
アッホやなぁ〜君は…。
よー喋って、いつも煩い君を受け入れてくれるような
好意的な病院を探すのは大変やったけど、
まぁ“えーわ”ゆーてくれるところがあったから、
そこでちゃんとお医者さんのゆーこと
聞くんやゾ!えーな!」
「あっ!そうそう!・・・退院したら、
またウチ(接骨院)に来るんやゾ!
他(の接骨院へ)行ったらアカンゾ!わかったか?」
と…半ば脅され、ご紹介いただいた病院へ行くと。
「本日から入院して下さい。」
こんなコメントを行き成り聞かされた私は。
「………。
な、なーんで、骨折ごときでにゅーいんなん!?」
と看護婦(当時そう呼んでいた)さんに聞いた。
看護師さんが仰るには、複雑骨折しているので骨に針金を通して吊るし、
常に経過を観察しなければならんのだということだった。
入院した次の日、手術だと言われ
当時の私は空いた口がふさがらなかったが…
私は接骨院のおヤッさんが言っていた言葉を思い出し、
「わかりました」…と素直に承諾した。
左腕全体を麻酔し、
針金を何本か通しているのが判ったときは気色悪かったが
痛みは当然ながら殆ど感じなかった…
しかし、局部麻酔だったはずがだんだんと眠くなり…。
気が付けばベッドの上だった。
左腕を見れば何本もの針金が串刺しにされており、
それを見ながら私は
「これは失敗したマジックショーか?」〜等と独りごとを言い、
独り勝手に「クケケケ」と笑っていた。
しばらくすると…
看護婦(当時の呼びかた)さんが2人部屋に入って来られ。
一人は、明らかにオバちゃん。
一人は、青いキャップを被った若い女性だった。
後で年齢を聞くとオバちゃん看護師さんが(当時)52歳。
若い方は(当時)19歳で、看護学生だという。
その19歳という看護学生の女性は
当時14歳だった私からすれば5歳も年上のお姉さんだが…
とてもチャーミングで、しっとりとした「私好み」の雰囲気だったのだ。
それで、この2人は何をしに来たのかというと…
寝たきりとなる私にバルーン式のカテーテルを
装着するのだという。
「はい、どーぞ。」…と何も解らず返事だけすると。
そのオバちゃん看護師さんは私のズボンをズルっと下げ、
パンツまで脱がそうとする。
実に事務的というか…完璧に作業だ。
「ちょ…ちょっと!な…何をしはりますんねんナ!」
何せ、可愛らしい19歳の女性が近くに立ち、
真剣な眼差しで見つめてる前で、
14歳の思春期を迎えた男の子の下半身をあらわにするとは…!
「アカン…恥ずかしすぎる…勘弁して!な!頼みますわ!」
こんな風にオバちゃん看護師さんへ懇願すると。
「何タマの小さいことゆーてんのアンタ!
これからこのカテーテル、ここのねーちゃんに挿入してもらうからね。
“アー”だ“ウー”だと騒いだら、みっともないで!」
「アッカン!それはアカン!・・・
勘忍して!お願いや!それだけはイヤヤ!
頼むわ〜ほんまに〜心臓が飛び出して死ぬわ〜!
死んだらどーする?病院側で保証してくれるんか?
生き返らせてくれるんか!?
ワイ、死亡した時の保障費たっかいで〜」
「………………うるさい!
(接骨院の)先生から頂いた紹介状のコメントに書いてあった通り
アーンタ、ほーんまにうるっさいねぇ〜!
さー!やりなさい!(若い看護師さんに指示)」
19歳(当時)の看護学生が…
(看護学生が医療行為をしていいのかどうかは当時、何も判らなかったが…)
いよいよ。
私のモノをツカみ…いや…“ツマんだ”という表現が正解。
カテーテルを捻じり入れる…。
私は意識が宇宙の果てまでぶっ飛びそーナ感覚を覚え、悶えた。
「ふももももぉ―――――――――っ…………」
声にならない異音を発する私に
若い19歳の看護学生さんは、思わず手を放し…
私に「す…すみません…。。。」と、謝れる。
19歳の若い看護学生さんは何度か失敗したみたいだが…
やり直しを含めて、約30分間における格闘は完了した。
その夕刻、その19歳の看護学生さんは自身の勤務終了後
私のベッドへ寄って頂き、様子を見に来てくれたのだ。
5つ年上のお姉さんと思えないぐらいに会話ははずみ、
けっこう意気投合した。
その看護学生さんが出勤される日は毎日、私のところへ寄って下さり
色んなお話を聞かせてくれた。
その時、私は何かを言いたい気持ちが
自分のココロの中に存在している事に気付いたが、
何を言い、何をどのように伝えれば適切なのかが解らず…
そのまま私は退院するハメとなった。
退院の日は、その彼女がお休みで荷物整理を手伝いに来て頂き
私はそういう彼女に感謝した。
その彼女は「何事にも負けずに頑張ろうね」とだけ言い残し、
それから、
その看護学生のお姉さんとは2度と会うことはなかった。
“リハビリ”目的で、3度目の通院となった
“いつもの”接骨院のオヤジさんへこのこと話すと…
「ワ―――――ッ!はっはっはっはっは―――――――っ!
腹いたいわ!オ・・・オヌシ、骨折して入院した病院で、
カテーテル入れられた5歳も年上のねーちゃんに恋したんか!
はかなき恋じゃの〜!
しかし、えー経験じゃ!
住所とか電話番号聞かんかったんか?
もうちょっと押さんかいな〜!」
などとカラカイやがる。
「押す!ゆーてもやなーおっさん!
ワイ、まだチューボー(中学生)やで〜!
14歳のガキが19歳の姉御口説くって、そらデケンやろ!」
「ワシは“おっさん”とちゃう!
これでも接骨院の先生じゃ!」
「ハイハイ」
「“ハイ”は1回でえーって、ゆっとろーが!バカモン!
“ハイハイ”って連続してゆうのは相手を侮辱しとることになるんや!
ボケ!はよ直さんカイ!」
「来るとこ間違えたかな〜」
小さな恋のうた
気ままな吟遊詩人KOJIの日々の記録です
はじめての骨折 〜出会い〜
2009.01.09 (Fri) 19:15












